PM2:38
醤油の旨みがゆっくりと染みこんでいく────(腹に)
1年越しの尾道ラーメンというのはこう、やはり感慨深いものがある。走っているとつい食事を後回しにしがちになるが、とにもかくにも本日最初のきちんとした食事だ。久方の炭水化物が汗で失われた塩分とともに体中をじわりと駆け巡っていく感覚────いまや自分の体を構成する水分はいろ●すと背脂である。ちゃっちゃ系というやつだ。(錯乱)
それにしても────
思えば遠くに来たもんだと遥か東の地元へ想いを馳せる。遥か東────そう、神奈川である。
駅直結、ガラス扉の向こうになんとなく目を向けると、駅を利用する尾道にお住まいであろう方々や観光客が数多く行きかっている。彼らはどこから来て、そしてどこへ行くのだろう。
それにしても鉄道・船がこんなに近くにあるなんて羨ましいことこの上ない。フィトンチッドと杉花粉に暖かく包まれた山とかではなく、海鳥が鳴き潮風の香るこの町で生きていたら澄み切った心の清らかなおと自分は果たしてどんな大人になっていただろうか。
しかし現実と来たら宿も何も無計画に神奈川を出発して気の向くままにひた走り、早起きしたにも関わらず気が付けば既に14時、空になった尾道ラーメンの器を前に楊枝を持ちつつノスタルジック街道に浸る四十路。人生がちゃっちゃ系である。
しかし、だ。今日の予定を改めて振り返ってみるとすると、
大阪を朝出発 → 鞆の浦着(245km地点・昼) → 尾道寄っちゃう(257km地点・14時) → ちょっと観光しながら佐世保で1泊(計736km)
まだ1/3っていうね!(震え声)
大阪を早朝出発して快晴の空の下、瀬戸内の風を感じながら快走するシーサイド・ロード(ただし海は見えない)、目に鮮やかなグリーンを横目に山を登り降り、歴史ある港町を徘徊して迷ってだべって走って失った塩分を取り戻す勢いで尾道ラーメンをすすっていたらなんとまぁ出発から既に7時間半、今日が半分以上終わっていた。いやだなぁ、冗談はやめて下さいよパイセン。これからまだ500km近くあるとか白目むいちゃいました!(真顔)
さぁ、現実と向き合う時間だ。
今から佐世保まで走りっぱなしで7時間くらい?うーん、ということは7時間か。今出るとノンストップで21時には着く計算ですね。そう、ノンストップ計算でね。(震え声)
しかし冷静になろう。そう、今は自分は尾道に居るのだ。猫が居る尾道に。おいそれとは来れない尾道に。ノスタルジック尾道に自分の足で立っているのだ。
ちょっと停まって駅前でラーメンを食べてハイ!次!とかいくらなんでも数々の文豪が訪れた尾道に失礼である。訪れたからには何か軌跡を残して行かねばならない。
そう、つまりは。
千光寺ロープウェイ乗りに来たら人多杉ぃ!
時刻ですか?15時です。(笑顔)
今日はなんと残り9時間・・・でも姉さん、観光しないでスルーはできない訳で・・・(ホテルマン風)
とか思って「船はあきらめよう。お土産も帰りに買おう。しかし千光寺だけはまからんぞ」と商店街をわき目も振らずにひたむきにずんずん歩いてきたらなんとまぁ乗り場に行列が出来ていたっていうね。これがお盆の力か。
ざっと見て30分待ちくらいであろうか。列を成す家族連れやカップル達が山の上のお寺への期待をこめてそわそわしている。そんな中で私は佐世保へ行けるかどうか不安でそわそわしている。まさか列最後尾に並ぶ黒服塩昆布おじさんが今この場所で尾道とかけ離れた行き先を考えてそわそわしてるとは思うまい。
────認めよう。甘い考えだった。ここは尾道、そして世間はお盆休みまっただ中。人で溢れかえらない方がおかしい街である。そりゃ観光地ですもんね。時間も丁度良いですし。今日も天気良いしね。この山の上から夕日とか見たら凄そうだよね。眼下に広がる瀬戸内の街、それはもう、めちゃ綺麗に違いなかろう。
よし!駐車場に戻ろ登ろうじゃないか、自分の足でな!(いろ●すを飲み干す)
階段とかマジきつそして訪れる人生2度目の聖地。そう、皆さんご存知「猫の細道」である。知らない方は是非検索していただきたい。
山の斜面にお寺が多く、いくつもの参道があり、お参りをしながらぶらり散策できる素敵な街、尾道。その中でも、壁も猫、床も猫、置物も猫、お店も猫、そして猫好きが多く訪れるのがここ。猫の多い尾道にこそふさわしい、猫まみれの小道が続くという猫好き垂涎の小道である。
基本は石畳と階段が続く細い道がくねくねと続く。しかしその至る所に猫好きが嵌まる罠猫のデザインが隠れているのである。
どちらかと言えば急な坂道で息切れがひど景色がくるくると変わるその雰囲気はどこか神秘的で、ふとした瞬間にお出ましする猫グッズが心地よいマイナスイオンを運んできてくれます。いいよ!フィトンチッド出てるよ!
ふとした壁もこの調子である。ああたまらん、脳汁が出シャッターを繰る手が止まらない。はぁはぁ、ここは楽園か。そりゃ中学生も神様になるわ。
狭いながらも行きかう人が途切れない。置物やイラストなど、様々なしかけに「あっ、猫!」そんな微笑ましい声が色々なところから聞こえてくる。こんな風にして猫アイテムを見つけながら気ままに歩くのも楽しい。
こちらは石にペイントされた「福石猫」。
まるでお地蔵さんのように柔和な雰囲気がある。歩みを止めると聞こえるのはかすかな風と、木々のささやき。なんて優しい世界なんだろう。住みたい。尾道すばらしい。おじさんはこの街が大好きである。
ところでこの福石猫、大小至る所にあるのだが・・・
全部見つからないぃ!(こぶしを握る)
写真を見た瞬間あまりの数に吹いてしまったがこの数、まさに福だらけである。これぞ福猫の細道だ。
壁の岩のくぼみ、草むらの中、家屋の軒下など、いたるところに福石猫が顔を出しているのだが、これが見つけようとすると不思議と出てこない。
彼らは凄い所に居たりするので、たまたま見つけた時にはむしろ感動を覚えたりもする。スタンプラリーのような感覚だろうか。
細道の途中には猫グッズを扱ったお店がある。他に博物館やカフェなどがあり────いやはやまったく、この街は猫好きが集うツボを的確に押さえている。これぞプロの犯行、町ぐるみとは恐れ入る。
入口の「にゃ~」に吸い寄せられるようにして「にゃ~」と漏らしながら入る汗だくの塩昆布おじさん。不審者である。
店内は照明が絞られておりとても良い雰囲気だった。おもに雑貨を扱っているお店のようだ。
しかし暑い。こちらも扇風機が回っていた。クーラーとかいう人工物はあまり好まれないのだろうか。それにしても汗がさっきから滝のように止まらないので何だか非常に申し訳ない気分で板張りの床をポクポク進む。
するとカウンターに良くできたぬいぐるみがっふぁっ・・・!と思ったら猫ちゃんだった。可愛過ぎか!
この看板猫の名はノアールちゃんというらしい(隣の人が聞いてた)この暑さでもぐっすり寝ているようだ。とても可愛い。しばし激写する。
しかし・・・
汗でべとついた手をしばし見つめる。撫でたい・・・嗚呼。お腹に顔をうずめたもふもふしたい。しかし手が・・・くっ・・・
しかし私はもうすぐ四十路、自制心が必要なお年頃である。行動にはすべからく責任が伴うことを示さなければならない。
逸脱はあきらめ、涙をそっとぬぐい平静を装って店内を物色することにする。グラス、アクセサリー等の小物をはじめ、店内は猫グッズでまみれていた。壁を見ても猫、机を見ても猫。デュフフ、いやはやまったく、これが聖地か。(涎を拭きながら)
悩んだ末に数点の猫小物を買った。もちろん自分用である。(←御年34歳)
まだ佐世保に行く半分も来ていなそう、お土産も一期一会というやつだ。出会った事それ自体が縁なのである。なに、持ち運べなくなったら送ってしまえばいい。地域振興に一役買おうではないか。そう考えれば荷物など、出会いに比べれば大した事ではあるまい。(カードの所在を確かめる)
荷物は増えたが、清々しい気分でお店を後にして階段をさらに上がっていく。
しかしこの細道、ところどころで猫ちゃんに遭遇するのだが、地域の方々が世話をしてくれているのかとても人懐こく、つかずはなれず・・・ふぅっ、ふぅっ、まったく君たちは良い子だな。(涎を拭きながら)
しかしながら野良猫のご多分に漏れず、彼らは気まぐれである。
出会いたいと思うと出てこない。あまり期待しないでいるとこんにちはという具合である。
ふいと現れては物憂げな瞳でこちらをチラッと見上げ・・・がっ、ぐぁっ・・・!(不意に胸を押さえる)
すれていない、イノセントな瞳がおじさんの心をもろ手で鷲掴み。プリ●ィでキ●ア●ュア、四十路の心をハートキャッチだ。(白目)
我慢できず近寄る(←息が荒い大人)
野良ばかりかと思いきや、首輪をしている猫もいるようだ。いや、はぁはぁ、そんな事よりもこのイノセントな瞳が・・・ぐぅっ・・・(膝をつく
さて、聖地を上がりきると山の上に現れるこちらが有名な「千光寺」である。縁結びで非常に有名なとこさぁお参りをしようじゃないか折角だからねいやまったく仕方がない(小銭を数えながら)
しかし昨年来たという油断からか不覚にも写真を他に撮るのを忘れてしまったので(震え声
文字で説明させていただく。
写真には写っていないが、左手に三十三観音堂と呼ばれる建物があり、正面の階段を上がると小さな本堂が現れる。もちろん、撮影禁止。
朱塗りで歴史の感じられる建物には本尊千手観世音菩薩が祀られており、様々なご利益があるそうだ。隣にはお守りが沢山売られている。というかこの千光寺、あちこちでお守りが沢山売られているのである。商売上手なおばちゃんが鎮座しており、まるでソムリエのようにアドバイスをくれる。
とりあえず「無事カエル」的な交通安全のお守りは買わせていただいた。そう、ライダーに油断は禁物である。目指す佐世保はまだまだ遠いのだ。(すでに2日目夕方)
本堂を抜けると建物が続くのだが、中でも「玉の岩」というのが地球の生い立ちに想いを馳せるほどとんでもない。これはぜひ検索していただきたい。
さて、千光寺を通過して少し歩くと「ポンポン岩」という巨大な岩が出てくる。見たことがある方も多いと思うが、朝ドラや観光ガイドで良く見る岩である。正式名称は「鼓岩(つづみ岩)」という。
しかしなぜポンポンなのか?それは中央のくぼみにカナヅチ(ゴム付)が鎖につながれて設置されており、そのカナヅチで岩を叩く(叩かれ過ぎて丸くへこんでいる)とポンポン鳴るからである。なぜ叩くのかはひとまず置いておくことにする。
まさかと思うのだが、これが本当にポンポン鳴る。しかし────
素朴な疑問がわく。
最初に叩いた人は一体何を思ってこんな岩をカナヅチでたたいたのだろう。そしてなぜ岩から音が鳴るのだろうか。
中に太鼓か何か入ってるでいやはや、自然は不思議がいっぱいである。そう、かのピラミッドだって人力で組み立てているのだ。
ここ柵が無いから落ちポンポン岩からは尾道が見渡せる。向こう側に見えるのは「向島」。非常にわかりやすい。私の大好きな「ボクの夏休み」というゲームの舞台にも出てくるこの瀬戸内の島々を目の前に、今や気分はボク君である。
ここ尾道を起点に続く島群は総じて「しまなみ海道」を呼ばれ、もちろんバイク乗りの中では憧れの道でもある。ロードバイクも盛んで、レンタル自転車も充実している。島から島へは高速道路、もしくは渡船で渡る。
こうして海を見ているととてもたくさんの船が行きかっているのだが、この風景が容赦なく旅情をかきたてるのである。自身の体に流れる四国の血が故郷を求めているかのようだ。
しばしぐるぐるとまわり、満足して展望台近くの売店へ。もはや昨日今日で何本飲んだかわからないいろ●すを購入、展望台のすぐ下に座れる場所があるのでしばし心地よい海風にあたる事にした。今日も水分を吸収するよりも出る方が多い気がする。まったくなんて天気だ。
それにしても・・・
やはり尾道は良い。
船の汽笛、海風、猫、緩やかな坂・・・ノスタルジックという言葉がとてもしっくりくる街だ。本当に遠い昔あこがれた街で、こうして2回目ではあるが、気が付けば自分の足でたどり着ける大人になってしまった。時間なんてものは本当にあっと言う間で、すごい勢いで通り過ぎていくのだろう。とするならば、今、こうしている目の前の時間にしっかりと向き合い、今できる事をやらないで無為に過ごしていたら人生は豊かにならないんじゃないか・・・
とのんびり風に吹かれながら思うこの矛盾。そう、私は今目の前に横たわる「佐世保まで残り500km、そしてもうすぐ日没」というデスレゲエな現実から目を背けているのである。尾道って良いよね!今日もまったく良い天気ですなぁ!
あまりにも過激な日程に白目をむきながらも今回の日程を考えると、最低でも今日中に九州に着かなければ佐世保に間に合わない。とするならば早く出発しなければならない。今すぐにでも走り出さなければ・・・いや、落ち着け。違う違う、そうじゃない(落ち着いてサングラスをかける
そう、尾道の街が教えてくれた。今目の前にあるこの現実を大切にしなければいけない事を。
つまりノスタルジック尾道を見下ろしながら休憩しているこの時間こそ大切にすべきではないのか?これこそ人生を豊かにする行為ではないのか?
そうだろう。時間が限られているにも関わらずノリと勢いで時間をガン無視した無茶な山登り観光。
良くよく考えてみれば今この瞬間こそツーリングに他ならないのではないか。
気が付いたら16時過ぎてた。
続く