私は気がついてしまった。
旅というものはえてして「帰路」がつきものである。
歩みを進めた分だけ増える旅路────
そう、行きがあるなら帰りもあるのだ。日本本土最西端から神奈川へと続く、目の前に横たわる途方もない現実に────
ほんのり軽い気持ちで思い立ち全日本道路地図スマホ片手に家を出て、早朝出発もせずに地元バイクショップで珈琲片手に昼までだべり、行ける所まで行こうと思ったらお盆の高速がもう全然高速じゃなくて幾度も渋滞にはまって無理して浜名湖のうなぎも振り切って大阪まで走って力尽き、ああこれはいかんと思って早朝ランニングかまして走り出すもつい瀬戸内の誘惑に負けて鞆の浦からの尾道でゆったりたそがれて登山とかしちゃって夕方、焦って高速をひた走りすっかり暗くなった関門海峡を旅情も無く飛び越えて九州INするも小倉で限界を迎え馬刺しと酒の海に溺れて力尽き、再びの早朝ランニングをかまして九州自動車道をひた走り、佐世保ついてうろうろしてバーガー1個半食べて展海峰見てラストサムライになり今は日本の最西端に居る。
良い年して何やってんだやれば出来る。
ところで皆さんはご存知だろうか。
この日本一、日本の端シリーズには「証明書」がつきものだという事を。
ご多分に漏れず、ここ最西端にも証明書が存在する。
こういうのは近隣の売店であったり市役所だったりが発行している。
今まで手に入れたものと言えば「最北端」「最東端」「国道最高所」「世界一狭い海峡」の4つ。
いやまぁ、別に写真に写ってるし自分がこの場所に来た証は残ってはいるのだが、そこは人の性というものである。
証がほしいのだ。
スマホでポチポチ調べてみるとどうやら2か所で発行しているらしい。
漁協と市役所だ。しかし今日は8月13日(土)。市役所は休みである。
とすると漁協しか無い。営業時間は17時まで。場所的にここから5~10分だろうか。現在時刻16:37。よしいいぞ、ギリギリ間に合いそうだ。
無計画ながらなんとも順調な感じだ。ふふ、やはり日頃の行いを神は見ている。ここはひとつ滑り込み発行と洒落込もうではないか。
写真撮ってる場合かバイクにまたがり漁協を目指す。
しかしこの佐世保、本当にのどかというか牧歌的というか、ふと目を停めてしまう景色が多い。
エンジンを切った瞬間の静寂、風の音、潮の香り、そして波音────
ああ、海はいいな。
やはり人は海から来たのだ。人類の故郷は海だ。心が求めている。
そして自分には母方の故郷、四国の血が流れているのだ。神奈川の海も好きだし、北海道や沖縄の海も大好きだ。それぞれの場所にその土地の味わいがある。
しかしなぜだか西側の海に惹かれる。鞆の浦、尾道の海を見ていると住みたくなる。理屈ではないのだ。心は正直である。こっちのほうが故郷と言っても過言ではあるまい。いつか住みたい。そしてレモンを栽培し、下津井のタコで晩酌をするのだ←
というか土地勘がないので漁協の位置がさっぱりわからん。そもそもここはどこやねん。
終業時間も刻々と迫っている。今日を逃すと証明書を手に入れるチャンスはなくなってしまう。神奈川から遥々1300km、いやなかなか来れんてこんなん。また「ちょっと九州いってくる」やったら腰が砕け散るわ。齢を重ねるごとに乾いていく心関節の油、今目の前にある証明書ゲットのチャンスをみすみす逃すわけにはいくまい。
スマホで何度も位置を見つつ検討をつけて走っているとそれっぽい場所を発見した。船とか網とかあるな。漁協感満載だ。間違いあるまい。
バイクを停めていそいそと入口へ向かう。時刻は16:50。なんとも定時間際、これはヒンシュク待ったなしである。
すると入口に何やら交付所の文字を発見して小躍りする。おおお!間違いない、ここだ!
ワイはついに来たんや!神奈川から走って来たんやで!( ゚д゚)ノシ
( д ) ゚ ゚
電話して誰か呼ぼうかと真剣に考え時刻は17:00を周った。
海が太陽の光を受けてゆらゆらしている。今日も快晴だ、程なくして美しい夕焼けが始まる。日本の本土最西端、それこそ美しい夕焼けが拝めるだろう。
しかし────
誰か教えてほしい。このやるせなさは何だ。まるでスーパーのお菓子売り場で目の前のお菓子を買ってもらえなかった子供のように心にポッカリ穴が開いている。展海峰を見に来た筈なのに、いつのまにか証明書が欲しい欲にまみれていたらしい。これだからバイク乗りってやつああ、今とても酒が飲みたい。
さて、冷静になろう。
時刻は17時だ。残された時間は本日を含めてあと1日半。明後日には神奈川に帰らなければならない。そして今は佐世保、日本本土の西の端だ。おかしいな、小倉からここまでえらい時間かかったような気がするな。という事は既にヤバイんとちゃうんこれ。(震え声)
あれっ?まだ佐世保来て海しか見てなくね?っていうか長崎ちゃんぽん食べる時間無くね?っていうか高速道路しか走ってなく涙を拭いて現実を見よう。そう、今日はいつもとは違うのだ。ここに来るまでに帰りの宿は夜の8時とかに探していたが(何やってんだ)今から探せば博多とか博多とか、あとは博多とかで良い宿見つかっちゃうんじゃないの?今日は早めに宿へ落ちつき、もつ鍋でのんびり一杯やるのもありなのではなかろうもん!(笑顔)
宿は「飯塚」になった。(真顔)
考えてもみてほしい。
今はお盆のど真ん中、九州は博多なんて行楽シーズンの天守閣やん。あかんて。博多でもつ鍋とか〆の豚骨ラーメンとか土台無理な話だった。お盆なめてた。キャンセル待ちとかなかった。高い宿すらなかった。そして散々探した結果、飯塚という街に空き宿があった。
ここで決めるか────
ポチる前にふと小倉で食べた馬刺しを思い出した。むぅ、あれは実にうまかった。やはり本場は違う。味に説得力を感じた。雰囲気もよく、あれはまた行きたい。そもそもだ、明日の行程を考えるとできれば小倉まで戻っていたいきもする。そしてあの店の馬刺しを食べたい。長崎ちゃんぽんは諦めるが、刺身も馬刺しは外せない。もろもろの事情を考えると小倉がよさそうだ。(空を見上げながら)
しかし小倉の宿はどうやら2万円を超える所しか見つからない。高い・・・。2万あればかなり飲めいやまて、そもそもの話だ。今から小倉に行くと4時間はかかりそうな所を考えるといささか無謀すぎるか?渋滞にはまりでもしたらコンビニ一直線・・・それはあかん。
結局色々悩んだ末に飯塚の宿を予約することにした。
さて、飯塚までは地図上で2時間半。ということは20時には到着できるだろうか?
本当はもっと滞在していたいが、何、またくれば良いだけのことである。九州は逃げない。そもそも、一度にすべて楽しんでしまったらまた来る意味もなくなってしまうだろう?かつて北海道ツーリングで宗谷岬から知床に向かう際、当時少しずつ有名になっていた美しい直線道路があったのだが本当に目の前まで行ってて全然それに気づかないまま通り過ぎて北海道を満喫して家に帰ってきてからその事実に気が付いて仕事が手に着かないくらいどちゃくそ後悔してのたうちまわった時期もありまし要するに慣れだ。私は行く。いつかまた会おう、本場の長崎ちゃんぽん────
迷って遅くなっ宿についた。
時刻は20時40分。来るまでに街を見てきたが開いてそうなお店が少ない。これは急がねばなるまい。
バイクは隣接した青空駐車場に停めて良いと言われたのでお言葉に甘える。
おお、落ち着く雰囲気の宿だ。これこれ!こういう雰囲気がやはり旅情をかきたてる。情緒あふれる温泉宿も良いものではあるが、ツーリング主体の旅では最低限で問題ない。船旅も最初は個室がーとか思っていた口だが、慣れてしまえば2等の雑魚寝で幸せである。
素早くチェックインを済ませると軽くシャワーを浴び、飯塚の街に繰り出すことにする。
ぐるぐると歩き回った中でひときわ明るかったこのお店を見つけた時に、入口で完全に常連の団体が居た。
・・・ううん、なんだか楽しそうだ。とても盛り上がっている。もうお会計後っぽいが・・・これ建物大きいしこれ冠婚葬祭とかで使われるすごくちゃんとしたお店?俺入れるの?(震え声)
ちょっといったん離れる。しかし他に店が見つからない。ぐるっと周ってまた戻る。まだ盛り上がっている。
うーん入り辛い・・・そもそも営業時間何時までだ?もう9時を周っている。この辺りは早いかもしれない。もしかして閉店だから盛り上がってる感じ?
交差点の対角線でもじもじしていたらお客さんが帰って行った。既に良い子は寝る時間だ。お腹もすいているが、さっきから私はアレを所望している。展海峰の感動、そして許可証を取り損ねた心の穴(まだ言ってる)、そして1日の疲れを潤す命の水を────
ええい、迷っている暇はない。ここはひとつ、突撃であろう。交差点を渡る。そして心を決めて入口の戸をあけると、明るい店内の中でとても個性的な年配の女性が目を見開いた。「えっ!お兄ちゃんひとり?」
①やっちまったらしい。ここはそういうお店だったのだ。冠婚葬祭だ。さっきの団体は結婚式か何かだったのだ。
②まさかの一見さんお断りだ。アウェーだ。神奈川から来た三十路風来坊はどうやら空気を読めなかったようだ。
③なるほど、この真夏にあって寒風吹きすさぶ独り身の冷たい空気を洞察されてしまっ穴が増えた。
想定外な女性のリアクションだったので入口で立ちつくし「えっ、あっ」とか言っていろんなことを考えてしまったが、どうやら1人で来るのが珍しいらしかった。
店内にはグループのお客さんがちらほら。遅い時間に何だか心苦しい・・・奥のカウンターに通されたのでいつも通りとりあえずの生を注文する。
いつもの光景になった。
それにしても刺身がうまい・・・北海道も旨かったが、九州も旨い。これだけで飲める。
30も半ばにして毎晩刺身をつつきながらカウンターで1人ジョッキを傾ける大人になるなんカウンターの奥では板前のお兄さんが2人、忙しなく料理を繰り広げている。包丁さばきが見事だ。旨そうな料理が次々にできている。
「旅行ですか?」
ふいに包丁をトントンするお兄さんから声をかけられた。どうやらお話OKらしい。ライダースウェアを脱いだとはいえ、やはり地元にはいなさそうな空気を感じたのであろう。(←どこいってもそうか)ジョッキを置きおしぼりで口を軽く拭う。
「バイクで走ってきたんですよ。神奈川から」
「はぁ!?」
つづく